外壁の赤外線調査をドローンで──打診だけに頼らない、工期短縮と安全性を両立する実務ガイド

足場やロープアクセスによる近接点検を前提にしつつも、「どこを優先して近接確認するか」を絞り込むことで、工期・コスト・リスクのバランスが取りやすくなります。
赤外線調査×ドローンとは何か
ドローン(UAV)を使うメリットは「高所を安全に、短時間で、全景から面で押さえられる」こと。地上三脚やブームでは届きにくい中庭・吹抜け、狭小街区の上層部も、飛行計画が取れれば撮影が可能になります。
工事会社にとってのメリット
- 受注前:現況把握のスピード化。「打診すべき範囲の当たり」を付けることで調査見積りの説得力が増す。
- 施工計画:足場ゾーニングや優先補修箇所の抽出に活用。数量の根拠提示がしやすい。
- 安全・品質:高所の仮設前でも大まかな危険兆候を面で把握。見落としの低減や、近接点検の効率化に寄与。
適用しやすい仕上げ・建物と向いていないケース
- 向いている例:タイル張り外壁(RC造・S造下地モルタル)、モルタル仕上げ、塗装仕上げの含水・漏水疑い。均質面が広いほどパターンが読みやすい。
- 注意が必要:金属パネル・ガラス・濃色タイル(反射・放射率差による見え方の偏り)。複雑な凹凸意匠やルーバーは陰影の影響が大きい。
- 条件次第:ALCなど断熱層の影響が強い壁は温度差が出にくいことがある。冬季や朝夕の撮影で改善する場合あり。
成功の条件(季節・気象・時間帯)
- 季節:冷え込みがある秋〜冬、または放射冷却が効く早春。夏季は日射の影響が強すぎて読みづらい場面がある。
- 時間帯:早朝(日の出前後)と夕方(西日が弱まる頃)。直射日光が強い正午付近は原則避ける。
- 天候:晴天〜薄曇り。降雨直後・外壁が濡れている状態はNG。風が強いと対流で温度ムラが流される。
- 方位:東面は朝、西面は夕方に表情が出やすい。北面は日中も直射が少なく安定して見やすい。
ワンポイント:撮影前に管理組合やテナントに「撮影予定時刻」を周知しておくと、窓開閉やカーテン状況のばらつきが減り、反射由来のノイズが抑えられます。
現場ワークフロー(準備〜判定〜報告)
1. 事前準備
- 図面・立面写真の収集。外壁仕上げ・打継ぎ・庇・配管位置など熱的影響要因を確認。
- 飛行可否・飛行経路の検討。私有地上空、第三者上空の取り扱い、離発着地点の確保。
- 近隣・入居者への周知文配布。個人情報(窓内の映り込み)配慮の明記。
2. 試験撮影(テストショット)
代表箇所で高度・速度・センサー設定を詰めます。テスト段階で可視画像とサーモを必ず同期し、後段の判定で迷わない素材を作るのがコツです。
3. 本撮影
- 立面ごとにルートを分け、水平走査+縦の重ね(60〜70%程度)で欠落を防止。
- GSD(地上解像度)で3〜5cm/px程度を目安に、異常パターンが拾える距離に調整。
- 必要に応じて庇下・バルコニー内側は角度を付けて補完。
4. 近接確認(サンプル打診)
サーモで拾えた代表的な異常パターンを数点選び、打診・目視で裏取りします。以降の判定ルール(閾値・パターン定義)を現場で擦り合わせることで、過剰判定/過小判定を抑えられます。
5. 判定・図化・報告
- 可視画像へ異常領域のポリゴンを重ねて図化(平面・立面管理)。
- 異常の優先度(危険度×発生範囲×落下可能性)でランク付け。
- 報告書は「撮影条件→判定基準→図化→サンプル打診結果→推奨対応」の構成が読みやすい。
機材と設定の勘所
- センサー解像度:640×512クラス以上推奨。ラジオメトリック(温度データ付き)だと後処理が柔軟。
- 放射率設定:タイル・塗装面は0.90前後を起点に。色・光沢により見え方が変わるため、現場で微調整。
- 飛行高度・速度:壁面までの距離8〜20m、速度1〜3m/s目安。庇・配管を避ける横走りで。
- オーバーラップ:横・縦ともに60〜70%。後処理のモザイク化が安定。
- 記録形式:可視(JPEG/RAW)+サーモ(Radiometric)。測点の温度ログを残せる構成がベター。
- バッテリー運用:低温期は電圧降下が早い。予備多め・保温ケース・短時間循環を前提に計画。
判定の考え方と誤判定の典型例
赤外線は「原因そのもの」ではなく「温度差」を見ています。温度差の理由が欠陥とは限らない点に注意が必要です。
- 反射:ガラス・濃色タイル・金属手すりに太陽や空の放射が映り込み、ホットスポットに見える。
- 内部配管・梁・断熱:下地の熱橋で温度パターンが出るが、仕上げの浮きとは無関係な場合。
- 濡れ・含水:降雨後は乾燥ムラが大きく、浮きと似たパターンに化ける。
- 日射履歴:庇・バルコニーの影の移動で帯状のムラが残像のように出る。
可視画像との照合、サンプル打診、時間帯をずらした追撮の三点セットで確度を高めるのが実務的です。
打診・近接点検との併用設計
竣工後一定年数を経たタイル張りでは、全面打診の要件が課されるケースもあります。ドローン×赤外線はその代替ではなく、優先順位を付けるためのスクリーニングとして位置付けるのが現実的です。
- 広い立面をまずサーモで俯瞰→異常濃淡図を作成。
- 高リスク箇所から仮設・近接を計画→打診・コア確認で確定。
- 確定結果をサーモ判定にフィードバック→過不足を補正。
安全・コンプライアンスと近隣対応
飛行の可否、第三者上空・道路上空・私有地の扱い、立入管理、個人情報(窓内の映り込み)など、書面と現地のダブルで段取りするのが基本です。
また、管理組合・テナント・近隣には「見える安心」が大切。掲示物やスタッフの腕章、離発着地点のカラーコーン、声掛けを徹底するとトラブルが減ります。
成果物と費用構造、見積りの考え方
標準成果物
- 撮影条件(日時・天候・気温・風・センサー設定)一覧
- 可視+サーモの対応一覧(立面ごとのモザイク、代表箇所の拡大)
- 異常領域ポリゴン図(優先度別に色分け)
- サンプル打診結果(写真・位置・所見)
- 推奨対応(要近接確認/要補修/観察継続 など)
費用構造の考え方
単価の言い切りは避けますが、費用は概ね「準備・申請」「飛行・撮影」「解析・図化」「報告・打合せ」に分解して見積もると、発注側にも伝わりやすくなります。
面積だけでなく、立面の分断・高さ・障害物・飛行条件が難易度を左右します。現調のうえ、「撮影可能範囲の線引き」を明示しておくと後工程で揉めません。
調査結果を修繕計画・足場計画へつなぐ
異常領域を立面ごとの数量化(m²・枚数)し、優先度を付けると、足場の「先行設置エリア」や「重点補修エリア」の切り分けが可能になります。
また、含水疑いの強い面は塗膜剥離や下地補修の工程を見直す余地があり、手戻り防止にも効果的です。数量の根拠が明快であれば、発注者説明やVE提案の納得度が上がります。
当日のチェックリスト(現場で迷わないために)
- 近隣・入居者への周知済み(掲示・文言)
- 離発着地点の確保(立入線・コーン・誘導員)
- 天候・風・路面状況の再確認(濡れはNG)
- 機体・センサーの動作・放射率設定・時刻同期
- テストショット実施、可視とサーモの整合確認
- 代表パターンのサンプル打診スケジュール確保
- データのバックアップ(現場退去前に二重化)
赤外線×ドローンは、外壁調査の「まなざし」を広げる道具です。
面で捉え、近接で確かめ、計画へ落とし込む──。この筋道ができれば、受注前から竣工まで根拠のある意思決定が可能になります。TRSⅡは、その情報を図面・積算・工程に繋げるハブとしてお役立ていただけます。